01|親不知歴史の扉
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  名勝・天下の険「親不知・子不知」というのは、JR北陸本線親不知駅を中心に、青海・市振両駅の間約15kmの総称である。
親不知・青海の間を「子不知の難所」、親不知・市振の間を「親不知の難所」と呼び,北アルプスの北端がガクッと日本海になられ落ちて、古来より北陸道の最大の難所として知られている。両側に断崖と荒波が迫り,旅人が危険を冒して通過したといわれ、幾多の遭難悲話を伝えている。
一方、日本海に迫る懸崖、絶壁、岩礁、洞穴など大断崖と砂浜が織り成す雄大な自然景観は比類がない。



親不知・子不知の名の由来については、いくつかの説があります。
1.  波打ちぎわを通るときには、親は子を忘れ、子は親をかえりみる暇がなかったから「親しらず・子しらず」だという。
2.  寿永の昔、壇ノ浦で滅びた平家の一族池大納言平頼盛(イケノ・ダイナゴン・タイラノ・ヨリモリ)は、死ぬべき命を敵の源氏に助けたれたが、京童(キョーワラベ)の悪評にいたたまらず、おのが領地の越後の蒲原の五百刈村へ隠れた。
この夫をしたって奥方もまたこの天険を通りかかり、ふところの愛児をさらわれた。
悲しみのあまり次の一首をよんだという。
親しらず子はこの浦の
波まくら越路(コシジ)の磯の
あわと消えゆく

この和歌によって、以来「親不知子不知(オヤシラズ・コシラズ)」と天下の険を呼ぶようになった。
親不知海岸



展望台にある親不知海岸の模型
大懐(おおふところ)
大懐・小懐は天然の岩の窪みで、波を避ける避難所であった。大懐から大穴までを長走りといい、もっとも難所のところである。大穴も天然の避難所で、ここに一週間も閉じ込められたという旅人の記録がある。ほかにも小穴という、天然の避難所がある。
走り込み
ここから西へは「走り込み」といい、もう安心して歩いていけるというところ。
波除不動(なみよけふどう)
旅人は、ここで親不知 子不知の通行の無事を祈った。
浄土崩れ(じょうどくずれ)
東から来た旅人は、ここは「浄土」のようだということで、この名がついている。



如砥如矢(とのごとく・やのごとし)
旧国道の絶壁に「如砥如矢」という、1メートル四角の大文字が刻まれている。
明治16年、ここに国道が開かれたのを記念しており、当時の青海村長・富岡磯平の書といわれている。
国道が開かれるまでは、命がけで通行をしていたため、その喜びを表し、砥石のように滑らかで、矢のように早く通れるという意味で刻まれた。


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